小さな仕事に工夫が光る!草履取りとしての秀吉

 

 

豊臣秀吉といえば、農民という立場から大出世して天下を取った人。
戦国武将の中でも圧倒的な人気を誇るスター的人物です。

 

一体、秀吉はどうやって天下人の地位まで登りつめたのか?

 

まず有名なのは、織田信長の「草履取り」としての成功。
草履取りとは、主人の草履を準備してサッと差し出す役目ですが、
秀吉はただ草履を差し出すのではなく、
寒い日は自分の懐に草履を入れて温めたものを差し出したと言われています。
そういった心配りが評価されて
織田信長に気に入られるようになったとか。

 

そのエピソードだけを聞くとものすごく忠誠心のある部下のように
思われるかもしれませんが、見方を変えると非常にしたたか。
どうすれば上司の目に留まるか、
それを見極め行動するセンスとバイタリティがあるということですからね。

 

勤勉で現実的、常により高い地位を求めて
自分がそのために成すべきことをしっかり把握している
という点では、生まれ日8の性質が良く表れていると言えるでしょう。

 

1537年3月17日生まれの秀吉公は、
生まれ日8グループの中でも特に精力的なやり手だったよう。
しっかりとしたビジネス観、
お金を生み出すセンスにも優れており、
手掛ける仕事は最高の達成を約束されています。

 

ただ、その成功の鍵は「誠実さ」にあるので、
上司である信長に対してもそれだけ誠意を持って尽くしていたのでしょう。
単に気が利くというだけなら信長もかえって警戒したかもしれませんが、
秀吉の誠実な人柄ゆえに、
絶対的な信頼を勝ち取ることができたのではないでしょうか。

生まれ持っての大物気質!

しかし、先ほどの草履取りのエピソードなどは、
人によっては「あざとい」「小賢しい」
と思われてしまう可能性もありますよね。

 

もしかしたら、上司のご機嫌次第では逆鱗に触れて殺されてしまう
なんてことだってないとは言えなかった時代です。
それでも、秀吉がそんなリスクを恐れずに
与えられた仕事に堂々と「個性」を出していたというのは
彼が自信家であったことを象徴していると言って良いでしょう。

 

気が利く、というのは、ある意味では「自信の裏返し」
と言っても過言ではありません。
基本的には自分に絶対的な自信があって、
「俺は従属的な立場では終わらない」
という確固たる信念を持っているというのも
生まれ日「8」の特徴的な一面ですね。

 

事実、秀吉も、信長が本能寺で明智に討たれた直後、
当時としては信じられない速さで岡山から京都に引き返して
明智軍を倒すことに成功しています。

 

(有名な「中国返し」)
従っていた上司が倒されたという急報を得て
即座に行動して織田家の後継者の座を勝ち取るというのは、
やはり秀吉の中に「絶対にトップに立ってやる」
という野心をたぎらせていた証拠ですよね。

 

この秀吉の例からも分かる通り、
生まれ日8のグループは生まれながらの統率者であり、
人の上に立つべき使命を担って生まれてきます。
いわゆる「大物」気質の方が多く、
一生を「使われる身分」で終わるタイプではないのです。

 

ちょっと近づきがたい雰囲気を漂わせている方も多いので、
同じ仲間としてはみなされにくいところもあるかも?

自己矛盾に苦しめられた晩年

晴れて、織田家の後継者となった秀吉公。
その後、1590年には北条氏を制して全国統一を成し遂げます。

 

農民から刀を取り上げる、刀狩り。
太閤検地、キリスト教禁止令、朝鮮出兵・・・と、
精力的に大きなプロジェクトを進めていった秀吉。
その思い切りの良さや勇気、大胆さは、
まさに生まれ日17(8)の特性が良く表れていると言えます。

 

明確なビジョンとみなぎるエネルギーで物事を推し進めていく様は、
今でも多くの女性の心を掴んで離しません。

 

ただ、秀吉タイプの女性は、
野心的な部分を意識して控えめにしたほうが良いかも。
そうでないと、男性が引いてしまうんじゃないでしょうか・・・。
なかなか良いご縁がない、とお嘆きの方は、
「もしかして自分、秀吉になっちゃってるかも?」
と我が身を振り返ってみたほうが良いですね。

 

ただ、秀吉に関していえば、
強烈な出世願望を持ちつつも、
寛容の知恵と広い心、思いやりにあふれる人物でもあったようで。
それは、家康と同様、誕生数「9」を持っているためです。

 

9は、全ての数字の体験を全て重ねて進化していく人。
「8」がもたらす物質的な成功は通り道に過ぎず、
最終的にはスピリチュアルな悟りに至る人生となります。

 

「完成と統合」が人生の大きなテーマで、
自分が経験してきたことや知り得たことを
人々に伝えていくという使命を担っています。
自ずと、様々な分野へといざなわれるでしょうし、
あらゆる種類の人々とのご縁をいただける人生となるでしょう。

 

また、秀吉の人生から見て取れる通り、
誕生数9の人生はドラマティックで情熱的なものとなる傾向があるよう。
そして、自身の内側に燃えたぎる情熱を
人々に注ぎ込むような人生を過ごす方が多いのも特徴的です。

 

物や人、地位にしがみつくこともないので、
何かを手放さなければならなくなった時にも
いさぎよく手放し、
そして再び立ち上がることができるでしょう。
基本的には幸運に恵まれていて、
「再生力」のある人なのです。

 

ただ、「9」は迷いが生じやすい数字でもあります。
人生をどんどん拡大していくように迫られる運命なので、
自分の人生が手に負えない、
そんな感覚に苦しむことになるかもしれません。

 

秀吉公も、晩年は迷走していた感がありますよね。
諸説ありますが、無謀な朝鮮出兵は
「秀吉が発狂していたからだ」なんて見方もあります。
実際は増やし過ぎた兵たちの仕事を作るためだった
という説もありますが。
いずれにしても、人生の後半では秀吉の中で
なにかしら混乱が生じていたように思えてなりません。

 

というのも、9はいろんなものを「手放す」数字であるのに対して
8は物質的な成功を追い求める数字だからです。
この2つを併せ持っていた秀吉は
優柔不断と混乱した思いに悩み苦しんだのではないでしょうか。

 

その根底にはきっと、
「自分の選択によって人生の可能性を限定してしまいたくない」
という無意識の欲求が働いていたはずです。

 

同じ組み合わせの生まれ日と誕生数を持つ方は、
そういった自己矛盾を克服することが
人生の大きなテーマであると自覚しておきましょう。