信長って怖い人なの?

 

織田信長といえば、
「ちょっぴり・・・どころか、だいぶ変わり者!」
というイメージをお持ちの方も少なくないはず。
若い頃、「大うつけ」(=常識に外れた人)と呼ばれていたことは
かなり有名な話ですし、どうやらそれは事実だったようです。

 

例えば、父である信秀が亡くなった時、
葬儀の席で焼香用の抹香を仏前に投げつけたとか。
多様性が認められつつある現代の日本でも、
そんなことをしたらさすがに周りもドン引きですからね。
当時にしてみれば、
「とんでもない乱暴者!」
と思われても不思議ではなかったでしょう。

 

その他にも、部下に厳しかったとか、
容赦なく寺を燃やしたとか、
冷酷で恐ろしい魔王のような人物として描かれることもありますが、
最新の研究では、実はそれは誤解だったということがわかってきています。

 

しかし好奇心旺盛で活発な人物であったことは間違いなさそう。
楽市楽座など新しいシステムを導入したり、
キリスト教の布教をバックアップしたり。
当時としては新しい、「お茶」の趣味があったことも有名ですよね。

 

そんな「新しいもの好き」な性質は、
生まれ日「5」グループならでは。
5のグループの人々は、みな活発で順応性が高く、
自発的で、巡ってくるチャンスの上手な活かし方を知っています。

 

たとえ失敗しても深く落ち込むことはほとんどなく、
リスクを恐れず新しいテリトリーを開拓していきます。
人生を通じて、「不可能」という言葉を受け入れない人、
それは信長の生き様にもよく表れていると言えるでしょう。

23日生まれ特有の性質とは?

1534年6月23日生まれの織田信長は、
生まれ日「5」グループの中でも
特に自立心の強い人だったようです。

 

23日生まれさんの特徴として
「エキセントリック」
「スピリチュアルな方面に関心が強い」
「芸術や音楽、新しい宗教的な思想に惹かれる」
「独自の人生観で人生を切り拓いていく」
ということが挙げられますが、
信長は面白いくらいにわかりやすく
生まれ日23の人生を歩んだ人と言えそうです。

 

言葉のセンスにも長けていて、話術に優れ
表現力が豊か、説得上手というのも23日生まれならでは。
わざとへそ曲がりな言動をして
周りの反応を見て楽しむという子供っぽい一面も、
信長が今なお人気者で在り続ける所以
と言えるのではないでしょうか。

 

人が何を求めているのか。
それを叶えるために、自分には何ができるのか。
また、何をすべきなのか。
それを自分自身でよく理解していて、
求められているコト、モノを提供できる
というのも生まれ日5の素晴らしい才能ですよね。
もしも信長が現代の世に生きていたら、
敏腕サラリーマンとして大出世していたことでしょう。

 

ただ、時に反抗的になることがあり、
そうなると視野が狭くなりがちで
時にエキセントリックな行動に走ってしまうという点は
生まれ日5の人々が意識して改善すべきかもしれません。

実は情にアツい正義の人!

怒らせると何をするかわからない、怖い人。
自分の正義を貫くためなら神も仏も恐れない人。

 

・・・信長に対してそのようなイメージをお持ちの方は多いようですし、
実際に私もそう思っていたところもあるのですが。
どうやらそれは、信長がしたことを
表面から見て解釈したに過ぎないようです。

 

例えば
「自分の弟を嘘ついておびき寄せて殺してしまった」
「それは、母親の愛を奪い取られたからだ」
なんて言う人もいるんですが、
本当は弟の信行が裏切りを画策していたから
そのようにせざるをえなかったんだとか。

 

また、有名な延暦寺の焼き討ちも、
女や金に溺れる僧侶たちを戒めるためだったと言われています。
「遠くからやってきて、真面目に布教活動をしている
キリスト教の宣教師たちを見習えよ!」
と、そんな思いがあったんでしょうね。

 

このように、自分が正しいと思ったことは神も仏も恐れず戦って正していく
というのは、信長の生き方の特徴。
そこには、誕生数「6」の理想主義的な性質が垣間見えます。

 

一見、自分の感情だけで動いているように見えるかもしれませんが、
一つ一つ詳しく見て事実確認をしていくと、
信長のエキセントリックな行動は決して利己的なものではなく、
いつも周りのため、多くの人々の幸せにつながっているんです。

 

他者のために戦い働く、義理堅い人。
それが、織田信長の素顔だったんですね。

 

誕生数6といえば「奉仕の人」というイメージですが、
実際に信長も、今でいう生活保護を行ったという記録もあります。
なんでも、障害を持つがゆえに乞食のような状態になっている人々に対して
住まいや食料を与えるよう、村人に要請したのだとか。
(もちろん、その資金は信長が負担しています)
その場にいた人々は、皆、涙して喜んだ・・・・
というエピソードがあるんですよ。

 

これってまさに誕生数「6」の行動!
信長は、身近な家臣に対しては厳しかったものの、
庶民や弱い立場にある人々たに対しては
とても優しく、愛あふれる人だったのだ
と言っても間違いではないでしょう。

 

基本的には、「愛の人」である誕生数6は、
結婚運に恵まれるのも特徴的。
信長と、その正妻・濃姫も、
ラブラブな夫婦として描かれることが多いですね。

 

濃姫についての資料がほとんどないようなので、
実際の夫婦仲については不明な点も多いらしいですが・・・、
それでも、信長に女がらみのスキャンダルはなかったようなので、
政略結婚でありつつもお互いの間に
強い信頼関係が築けていたことは間違いないでしょう。

 

信長が「誕生数6」を持つ人であったことから考えると、
本心では誰かと競い合うような生き方は
あまり好まない人物であったかもしれません。
意外かもしれませんが、信長は決して「魔王」などではなく、
天性のヒーラーであり、セラピストして
多くの人々を癒し導くことができる才能にあふれた人物だったのです。